数日前に、「都道府県魅力度ランキング」で茨城県がまたしても最下位にランクされたというニュースを見ました。同じように下位にランクされ、場合によっては法的措置も辞さないと怒った他県の知事がいたのに対し、「茨城県民は痛くもかゆくもない」と茨城県知事が述べたことに共感を覚えました。というのもこんなランキングを真に受ける必要は全くないし、自分にとっての茨城は(といっても一部地域しか知りませんが)大変魅力的なところで、それを知らない人が多いと思うからです。

もともとこの地に縁はなかったのですが、妻の父が茨城県神栖市に住んでいるため、結婚後は神栖をはじめ、潮来、鹿嶋、波崎、大洗などにもよく足を運ぶようになりました。東京からのアクセスが良く、すばらしい景色があり、食べ物もおいしい。神社や遺跡が多くて、アウトドアも楽しめるところです。神社巡りをしたり、海水浴を楽しんだり、工場の夜景を見にいったり、畑で瓢箪を育ててスピーカーを作ったり、鹿島港や利根川で釣った魚を料理したり、小魚をすくってきては会社の水槽で飼ったりと、遊びまくっている私の姿を見た義父は、「東京の人は遊び方をよく知っているよ」と近所の方に話しているそうです。

今は農業をやっていないのですが、義父の家は代々続いた農家で、かつて農機具を格納していた倉庫があります。実は、HANAでは、一時期この倉庫をお借りして自社の在庫を置いていました。具体的には、『チゲ用土鍋付きらくらく韓国レシピ』という、韓国の土鍋トゥッペギが付録になったレシピ本です。今でも日韓交流おまつりなどの特別な機会にだけ販売をしていますが、こうしたイベントの機会に購入された方もいらっしゃるかと思います。

『チゲ用土鍋付きらくらく韓国レシピ』商品写真

韓国土鍋トゥッペギが付録のレシピ本『チゲ用土鍋付きらくらく韓国レシピ』

この本は、2011年秋に発行されました。3.11の後に社員がすべて辞めてしまい、本の発売を委託していた某A社との関係も悪化し先が見えなくなっていた頃のこと。当時シリコンスチーマーを付録にした本が流行っていたのですが、ある日、会社は辞めたけど仕事は一緒にやっていた副編Mと飲んでいるときに、チゲ料理を作れる付録付きレシピ本を作ってみようというアイディアが出ました。でもどう考えてもシリコンスチーマーと韓国料理の組み合わせはミスマッチにしか思えません。「韓国料理はやっぱり直火でしょう」ということで、韓国の土鍋「トゥッペギ」を付録にするという奇想天外な案を思い付きました。韓国の生産地に行って土鍋を買い付けたり、土鍋が割れない梱包の仕組みを研究したり、事務所で料理を試作したりと、楽しみながら、ある意味のんびり準備をしましたが、内実を言うと販売条件などの問題で元の発売元A社から本が出せなくなっていた状況で、社運を賭けるつもりでこのアイディアを商品化しました。そしてA社との業務提携をやめ、知人の出版社B社に発売を委託して出したところ、これが売れに売れました。

ところがいくらか経つと、発売をお願いしていたそのB社出版社の経営が傾き始めました。そこの出版コードを使っていることから、売上金の一部も回収できない事態になりました(極めて乱暴に簡単に説明すると、新刊を出さないとその前に配本した本の売り上げを保留されてしまう仕組みが本の業界にはあります)。結局出版社がつぶれてしまったので、書店で販売を続けることもできなくなり、数千の在庫が行き先を失っていました。

倉庫に預けていた在庫を引き取ることになったのですが、土鍋が入っている本だけあって、出版の倉庫に置くと通常の本の3倍ほどのコストがかかります。そして販売できるめどもたたず、一方で土鍋を廃棄する方法もみつからないので処分もできないという事態に陥りました。そこで義理の父に頭を下げ、昔トラクターを格納していた倉庫に在庫を置かしてもらうことになりました。

それまでにHANAに入った社員全員+業務委託のスタッフで茨城まで商品を運び込み、倉庫の中に積み上げると、天井に達するほどの在庫の山になりました。そのまま全員義父の家に泊まりBBQを行ったときのブログがこちらです。夜中まで屋外でダラダラお酒を飲みながら、会社をどうやって建て直すか議論を交わしたことを覚えています。

8月最後の仕事と焼き肉

この在庫を売るためには、本当にいろんなことをしました。生協で販売してもらったり、知り合いのお店に置いたり、新大久保の路上で直接売ったりもしました。あるとき日韓交流おまつりで販売することを思いつき、2017年春のおまつりで展売を行ったみたところ、飛ぶように売れました。その後もこの手のイベントがあるたびに販売を行い、現在、わずかな良品在庫と包装に若干難のある100冊ほどのアウトレット在庫を残すだけとなりました。あと1回だけリアルイベントがあれば、完売できそうです。ここまで10年かかりました。

振り返ると、あの茨城の納屋のエベレストをよくぞここまで減らしたという感慨がわき起こります。この本のアイディアを絶賛してくれる同業者が何人もいましたが、どんないい商品でも販売のチャンネルがないとどうにもならないことを思い知りました。本来得られるはずの利益どころか大きな借金ができ、商売としては大きな失敗でしたが、経験や教訓を得ることの多かった本です。

倉庫に残った最後の在庫を引き取りにいったとき「さすがに全部売れるとは思わなかったよ」と義父からねぎらいの言葉をいただきました。婿の会社が大変だったことはお察しだったと思うので、倉庫が空になったことで、ご安心もいただけたことと思います。

在庫はなくなりましたが、もちろん今でも茨城には行きます。用もないのに倉庫をのぞいたりしていると、すぐ横の国道を絶滅したはずの暴走族が爆走したりしていて、当時のバイクに載っているのか、どんな装備なのかあわてて見にいきます。しかもそれが土曜の夜ではなく日曜日の午前だったりします(普段は真面目に働いている人たち?!)。そして公衆浴場に行くと、入れ墨(タトゥーではない)の人が結構いるんですよね。年配の方が多く、妻によると女風呂でも見掛けるそうなので、地元の漁師の方なのかもしれません。思いかげずそんな懐かしい風俗を見られるところも、私にとっての茨城のもう一つの魅力です。(ジョン夜)